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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)9765号 判決

第一事件原告兼第二事件被告

妙真寺

右代表者代表役員

早瀬義寛

右訴訟代理人弁護士

宮川種一郎

松本保三

松井一彦

中根宏

中川徹也

猪熊重二

桐ヶ谷章

八尋頼雄

福島啓充

宮山雅行

若旅一夫

松村光晃

漆原良夫

平田米男

竹内美佐夫

小林芳夫

石井次治

第一事件被告兼第二事件原告

山口法興

右訴訟代理人弁護士

中安正

片井輝夫

弥吉弥

小見山繁

山本武一

小坂嘉幸

江藤鉄兵

富田政義

川村幸信

山野一郎

沢田三知夫

河合伶

伊達健太郎

主文

一  第一事件被告山口法興は同事件原告妙真寺に対し別紙目録記載の建物を明け渡せ。

二  第二事件原告山口法興の同事件被告妙真寺に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一事件被告(第二事件原告)山口法興の負担とする。

事実

(以下、第一事件原告兼第二事件被告妙真寺を「原告」と、第一事件被告兼第二事件原告山口法興を「被告」と略称する。)

第一  当事者の求める裁判

(第一事件)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(第二事件)

一  請求の趣旨

1 原告と被告との間において、被告が原告の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第二項と同旨

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(第一事件)

一  請求原因

1 原告は別紙目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)を所有している。

2 被告は本件建物を占有している。

3 よって、原告は被告に対し、本件建物の所有権に基づき本件建物の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はいずれも認める。

三  被告の抗弁

1 訴外宗教法人日蓮正宗(以下、「日蓮正宗」という。)は、昭和二七年一二月、宗教法人法に基づき設立された、宗祖日蓮立教開宗の本義たる弘安二年の戒壇の本尊を信仰の主体とし、法華経及び宗祖遺文を所依の経典として、宗祖より付法所伝の教義をひろめ、儀式行事を行ない、広宣流布のため信者を教化育成し、寺院及び教会を包括し、その他この宗派の目的を達成するための業務及び事業を行なうことを目的とする包括宗教法人であり、宗教法人法一二条に基づく法人規則である日蓮正宗宗制(以下、「宗制」という。)、教団規則である日蓮正宗宗規(以下、「宗規」という。)及び施行細則の三種を有している。

2 原告は、昭和二八年一一月二六日宗教法人法により設立された、宗制に定める宗祖日蓮所顕十界互具の大曼荼羅を本尊として、日蓮正宗の教義をひろめ、儀式行事を行い広宣流布の為め信者を教化育成し、その他、正法興隆、衆生済度の浄業に精進するための業務及び事業を行うことを目的とする、日蓮正宗の被包括宗教法人である。

3 原告の規則によれば、原告の代表役員は原告の住職の地位にある者をもって充てられることになっており、代表役員の任期は住職在職中とされている。

4 被告は、昭和五四年一月七日原告の住職・代表役員に就任し、その地位に基づき代表役員就任の時から本件建物の占有を始めた。

四  抗弁に対する認否

抗弁1ないし4の事実は認める。

五  原告の再抗弁(住職罷免処分)

被告は、次のとおり、日蓮正宗の管長阿部日顕より住職罷免処分を受け原告の住職たる地位及び代表役員の地位を喪失することにより、本件建物の占有権原を喪失した。

1 日蓮正宗における懲戒処分に関する規定

(一) 日蓮正宗は懲戒処分に関し宗規及び宗制によって次のとおり定めている。

宗規二四四条 懲戒の種目を左の五種とする。

四 罷免 役員、職員、住職または主管の職を罷免する。

同二四八条 左に掲げる各号の一に該当する者は、役員、職員、住職または主管を罷免する。

二 正当の理由なくして宗務院の命令に従わない者。

同一五条管長は、この法人の責任役員会の議決に基づいて、左の宗務を行なう。但し、本宗の宗規に規定する事項に関してはその規定による手続きを経なければならない。

七 僧侶、檀徒、信徒に対する褒賞及び懲戒並びに懲戒の減免、復級、復権、または僧籍の復帰。

同二五一条 褒賞及び懲戒は、総監において事実の審査を遂げ、管長の裁可を得てこれを執行するものとする。

同二五三条 懲戒は、管長の名をもって宣告書を作り、懲戒の事由及び証憑を明示し、懲戒条規適用の理由を附する。

宗制三〇条 参議会は、代表役員より諮問された左に掲げる事項について審議し、答申する。

二 褒賞及び懲戒に関する事項

(二) 右宗規及び宗制によると、日蓮正宗における懲戒処分は、管長において該当者に宗規二四八条所定の処分理由があると認めるときに、総監に事実の審査を遂げさせ、代表役員の諮問により参議会の答申をえて、管長が、責任役員会の議決に基づき該当者を懲戒処分に付し、その執行のため裁可し管長名による宣告書が作成され該当者に交付されることにより懲戒の効力が生ずるものである。

2 懲戒処分権者としての管長

(一) 日蓮正宗における懲戒処分権者である管長は宗規一三条2により法主の地位にある者が充てられる。

(二) 法主の地位は血脈相承によってのみ承継される。

(1) 血脈相承の意義

血脈相承とは、宗祖から第二祖日興上人はじめ歴代の法主を通して承継されてきた宗祖の血脈をただ一人体得している当代法主(場合によっては生前に退職した前法主)がこれを次期法主たるべき者に承継させる宗教的行為であり、宗祖の血脈は、代々の法主から法主へ、血脈相承により、一器の水を一器に移すようにして承継されてきた。

この血脈相承は、次のとおり宗祖の仏法の承継と、法主になるための資格の承継という点で、日蓮正宗の教義・信仰上重大な意義を有する。

① 宗祖の仏法の承継

宗祖の血脈は、血脈相承によってのみ、代々の法主に承継される。また、宗祖の仏法は、宗祖の滅不滅(生死)をこえて、末法時代の永遠の未来に至るまで、断絶することなく流布すべきものとされており、宗祖の血脈の断絶はあり得ないこととされ、、血脈相承によらなければ宗祖の血脈を承継することはできないとされていることから、血脈相承もまた断絶することはあり得ず、血脈相承の不断ということが、日蓮正宗における教義・信仰上の絶対的な要請である。

そして、血脈相承は宗祖の血脈を承継させる行為であるから、宗祖の血脈を体現している者によってのみ、これを次の後継者に承継させることができ、当代の法主が次期法主たるべき者に血脈相承することが原則とされているが、やむを得ない事由により当代法主が血脈相承できないという例外的な場合は、前法主が次期法主たるべき者に血脈相承することができるのである。

② 法主になるための資格の承継

血脈相承により宗祖の血脈を受けた者のみが法主になりうるのであり、その意味において血脈相承は、法主になるための資格を承継させる行為という意義を有している。

しかし、血脈相承によって次の法主が定まるからといって、これを法律行為における意思表示の如く理解するのは誤りであり、血脈相承の目的と意義は、あくまで宗祖の血脈を次代に伝えて断絶させないようにするという純粋に宗教的な領域に属するのである。

(2) 血脈相承の方法

① 唯授一人

血脈相承は唯授一人とされ、法主がその後継者に仏法を伝授するに当たり、授けるにふさわしい者ただ一人を選んで承継させるとされている。

② 口伝

宗祖からの血脈相承は、血脈相承を授ける者が、これを受ける者に相対し、一対一で口頭で伝える口伝相承によりなされてきた。

③ 秘伝

血脈相承は秘伝とされ、その具体的内容も具体的行為も秘密とされる。血脈相承には一定の方式ないし儀礼を伴うかもしれないが、それは法主以外の者には絶対に知り得ないことである。

(三) 日蓮正宗における法主の資格ないし地位の承継に関する準則

(1) 不文の準則の存在

日蓮正宗における法主の資格ないし地位の承継は、宗旨の根幹をなす教義・信仰上の問題であり、それに関する準則は、最も文章化することに親しまず、不文の準則として存在してきた。その内容たる法主の地位の取得要件は、当代法主(場合によっては前法主)から血脈相承により宗祖の血脈を承継することと、当代法主が退位又は遷化することである(ただし、当代法主が既に遷化していて前法主から血脈相承を受けた場合には法主としての資格と地位を同時に取得する。)。

(2) 現行の成文規定

宗規には次の規定があり、この成文規定についても、不文の準則と矛盾しないような解釈をすべきである。

① 宗規第二条 本宗の伝統は、外用は法華経予証の上行菩薩、内証は久遠元初自受用報身である日蓮大聖人が、建長五年に立宗を宣したのを起源とし、弘安二年本門戒壇の本尊を建立して宗体を確立し、二祖日興上人が弘安五年九月及び十月に総別の付嘱状により宗祖の血脈を相承して三祖日目上人、日道上人、日行上人と順次に伝えて現法主に至る。

この条文は、宗祖の宗旨が、血脈相承によって、断絶することなく代々の法主に承継されているとの教義・信仰を表明したものである。

② 宗規第一四条 法主は、宗祖以来の唯授一人の血脈を相承し、本尊を書写し、日号、上人号、院号、阿闍梨号を授与する。

2 法主は、必要を認めたときは、能化のうちから次期の法主を選定することができる。但し、緊急やむを得ない場合は、大僧都のうちから選定することもできる。

3 法主がやむを得ない事由により次期法主を選定することができないときは、総監、重役及び能化が協議して、第二項に準じて次期法主を選定する。

4 次期法主の候補者を学頭と称する。

5 退職した法主は、前法主と称し、血脈の不断に備える。

6 前法主は、法主の委嘱により、本尊を書写し、日号を授与する。

右条文の一項は、宗祖以来の唯授一人の血脈相承を受けた者のみが、法主の資格を有するとの意味である。

同二項は、次代の法主の決定が当代法主の専権であることを表明したものである。ここにいう「選定」とは、当代法主が次期法主たるべき者に血脈相承を授け、法主たりうる資格を付与することである。「必要を認めたとき」とは、血脈の不断に備えて、法主が適切と感じた時に、予め血脈相承して、次代の法主を選び定めておくべきことを前提としている。被選定者の僧階資格については能化を原則として大僧都以上ならばよいことを示し、「緊急やむを得ない場合」かどうかは法主の裁量による。但し、僧階は一定の目安にすぎず、血脈相承を授けるに最もふさわしい者が誰かといった判断は、授ける法主の専権に委ねられているのであり、事柄の性質上僧階によって制限しうるものではない。血脈相承を受けた次期法主の法主就任時期については、当代法主の裁量によるものであり、任意の退位又は遷化のときである。

同三項は、当代法主が、やむを得ない事由により、後継者に血脈相承を授けることができなかった場合の規定である。この規定は血脈相承の不断に備えた前法主がいることを前提としており、前法主の存在しない場合に適用される余地はない。ここにいう「選定」の意味も二項と同様である。

同四項は、当代法主が次期法主の候補者を定めた場合の規定であり、学頭を設けるか否かは法主の裁量による。学頭の選任権者は当代法主である。学頭は、血脈相承を受ける候補者にすぎず、後に血脈相承を受けて次期法主となり、当代法主の退位又は遷化によって法主に就任する。

同五項は、三項の趣旨を前法主の側から規定したものである。

同六項は、法主は血脈相承を受けた者として、本尊書写、日号授与等の権能を有するが、退位して前法主となった後は、当代法主の委嘱がある場合に限り右権能を有するとの趣旨である。

(四) 阿部日顕(以下、「日顕」という。)の管長就任

(1) 日蓮正宗の第六六世法主細井日達(以下、「日達」という。)は、昭年五三年四月一五日、総本山において日顕に血脈相承を授け、次期法主に選定した。

(2) 日達は、昭和五四年七月二二日、遷化したので、これに伴い日顕は第六七世法主に就任し同時に管長に就任した。

(3) 日顕が日蓮正宗の正統な第六七世法主であることは、次のとおり、日蓮正宗内において確定している。

すなわち、日顕は、日達が遷化した昭和五四年七月二二日、緊急重役会議において日達から血脈相承を受けていた旨発言したのを始めとして、宗内への公表(前同日)、御座替式(同年八月六日)、管長訓諭(同年八月一一日)、御代替奉告法要(昭和五五年四月六日)などにおいて、法主・管長として行動していたのに対し、宗内の何人も異を唱えず、被告らも各種法要に出席し、信伏随従していた。

また、被告ら及びこれに同調する僧侶が異を唱え始めてからも、宗内においては、能化全員、宗会議員全員、被告らを除く僧侶全員による声明、決議により、日顕が正統な法主であることが確認されている。

3 被告の懲戒処分事由(宗務院の中止命令に対する違反)

(一) 宗務院の組織、権限

日蓮正宗の宗務院は、責任役員会の議決に基づき、総監の指揮監督により宗務を執行する機関である(宗規一七条、一八条)。

日蓮正宗の管理機構は、管長の下に宗務院、その下に一般僧侶という段階的統制組織となっており、執行機関である宗務院は一般僧侶に対する指揮監督命令権を有している。

宗務院は、法令を宗内に通牒し、その他の宗務に関し通牒を要する場合、その名をもって、宗内に対し達示(院達)を発することができる(宗規二九五条四号)。

(二) 全国檀徒大会の開催決定と宗務院の中止命令

(1) 被告を含む日蓮正宗僧侶一八名は、第五回日蓮正宗全国檀徒大会(以下、「本件大会」という。)を、昭和五五年八月二四日、日本武道館において開催することを決定した。

(2) しかし、本件大会は、被告らが日蓮正宗の檀信徒を糾合し、創価学会の教義逸脱を責めると称して同会に攻撃を加えることを目的とした集会であり、日顕が昭和五五年七月四日になした教義・信仰上の指南(日蓮正宗と創価学会の僧俗和合協調路線に従わない者は日蓮正宗の信心のあり方から完全に逸脱する。)に明白に違反するものであった。

(3) そこで、法主である日顕は、その僧侶及び檀信徒に対する教導権に基づき、総監に対し、宗務院の中止命令により本件大会を中止させるよう指示し、宗務院は、総監の指揮監督のもとに、被告に対し、本件大会が日蓮正宗の教義に違背し、信仰上の方針に反するものであるとして、昭和五五年七月三一日付院一四五号、同年八月一一日付院一四九号、同月一九日付院一五八号の各院達をもって、本件大会の中止を命じた(以下、この命令を「本件命令」という。)。

(三) 被告の命令違反行為

(1) 被告は、正当な理由がないのに本件命令に従わず、予定どおり、昭年五五年八月二四日、主催者として本件大会を開催し、かつ積極的に運営した。

(2) 被告の右行為は、前記宗規二四八条二号の住職罷免事由に該当する。

4 処分手続

日顕は、日蓮正宗の管長として、総監において事実の審査を遂げさせた上で(宗規二五一条)、昭和五五年九月二四日、参議会の答申を経て(宗制三〇条二号)、責任役員会の議決により(宗規一五条七号)、被告を原告の住職罷免の処分(以下、「本件処分」という。)に付し、それを裁可し、管長の名をもって宣告書を作成し(宗規二五三条)、同月二五日、被告に対し、右宣告書が交付された。

5 占有権原の喪失

被告は、本件処分により、原告の住職たる地位を喪失するとともに、代表役員たる地位も喪失した。これにより、被告は本件建物を占有する権原を喪失した。

六 再抗弁に対する認否及び被告の主張

1 再抗弁の頭書の事実は否認しその主張は争う。

2 同1の事実(懲戒処分の規定)は認める。

3 同2の事実(懲戒処分権者としての管長)のうち(一)の事実は認める。

同(二)の事実は否認する。

同(三)の(2)のうち原告主張どおりの宗規第二条、第一四条の規定が存することは認める。

同(四)の事実は否認する。

(被告の主張)

(1)  日顕は、次のとおり日蓮正宗の法主たる地位に就任したことはなく、したがって、管長の地位につくこともありえず、それを僣称しているにすぎない。

(2)  日蓮正宗における成文の法主選任準則

① 法主の就任は宗規により、左記の何れかの場合に行われる。

(a) 法主による選任(宗規一四条二項)

(b) 法主による選任が不能の場合においては、総監、重役及び能化の協議による選任(宗規一四条三項)

(c) なお被選任資格者は緊急やむを得ない場合のほか、能化の地位にある者に限られている(宗規一四条二項)

② 法主による選任を定める宗規一四条二項は、現法主に次期法主選任権があること及び右選任は選任行為によって行われることを規定し、そこにいう選定行為は自然人としての法主による意思表示を中核とする法主の交替の客観的具体的事実行為を意味し、法主選定の血脈相承はこのように解すべきである。

(3)  これに反し、選定の意味を原告の主張のように世俗人が判断できない宗教上の概念として血脈相承と解するならば、裁判所は法主及びその充て職である管長の地位の存否につき判断できないことになり、代表役員の任免準則を定めるべき旨を規定した宗教法人法一二条の趣旨は無意味となる。

日達は、昭和五四年七月二二日、次期法主を選任することなく現職のまま遷化したので、次期法主は宗規一四条三項による協議により選任されなければならないのに、かかる協議はおこなわれないまま、当時能化の地位になくそれより下位の大僧都の地位にあったにすぎない日顕が法主に就任したとされている。

(4)  しかし、日顕には、宗規一四条二項の選定に該当し、これを表象する事実行為としての相承行為は存在しないし、また緊急やむを得ない事由も存在しなかったから、宗規上能化でない日顕が法主に選任されることはありえない。

3(一) 同3(一)の事実(宗務院の組織、権限)のうち、宗務院が一般僧侶に対する指揮監督命令権を有していることは否認し、その余は認める。

(二)(1) 同3(二)の事実(全国檀徒大会の開催決定と宗務院の中止命令)のうち(1)の事実は認める。

(2) 同(2)の事実は否認する。本件大会は、創価学会の侵害行為から日蓮正宗を守ろうとする目的に出たものであって、教義違反や、宗務当局に対する非難、攻撃もなかった。

(3)  同(3)の事実のうち、宗務院が本件命令を発したことを認め、その余の事実は否認する。

(4)(本件中止命令についての被告の主張及び原告の反論)

①(被告の主張)

本件命令は責任役員会の議決に基づかずになされたものであるから宗規一七条、一八条に違反し無効である。

②(原告の反論)

確かに、本件命令については宗規一七条、一八条に定める責任役員会の議決に基づかずになされているが、次の事由により、本件命令には責任役員会の議決は不要である。すなわち、本件命令は、日蓮正宗の檀信徒の教化・育成及び僧侶の教義・信仰上のあり方という極めて重要な宗教上の事項に関する命令であった。かような命令を発する権限(教導権)は伝統的に法主の専権に属するものとされており、この点について宗内から異議を唱えられたことは全くない。宗規一五条(管長は、この法人の責任役員会の議決に基づいて左の宗務を行う。)、一七条及び一八条は、かような宗教上の事項についての命令に関する限り規範的効力を有しないと解すべきである。法主は、教導権の内容及び形式について裁量権を有しており、その実施の方法は、従来から、訓諭、宗務院命令、指南、指導など、各種の形式がとられてきた。本件命令は、再抗弁3(二)(3)記載のとおり法主である日顕の教導権の発動として宗務院命令の形で発せられたものであるから、責任役員会の議決は不要である。

仮に、責任役員会の議決が必要であるとしても、本件命令を発するについては、責任役員三名(管長、総監及び重役)のうち管長及び総監の合意があり、重役も承認していたのであるから、本件命令には実質的に責任役員会の議決があったと同視することができる。したがって、本件命令に違法性はない。

(三)(1) 同3(三)の事実(被告の命令違反行為)の(1)のうち、正当な理由がなかったことは否認し、その余は認める。

全国檀徒大会は過去に日蓮正宗の執行部の全面的な支持を受けており、本件大会も従前のものと内容的に変わりがないのであるから、本件大会を開催する正当な理由があり、したがって、本件命令違反には正当な理由があった。

(2) 同(2)の事実は否認する。

4 同4の事実(処分手続)のうち、総監において事実の審査を遂げたことは否認し、その余は認める。

5 同5の事実(建物占有権原の喪失)は否認する。

七 被告の再々抗弁

1 監正会による懲戒処分禁止の裁決及び本件処分無効の裁決

(一) 監正会の組織・権限

日蓮正宗の監正会は、宗務の執行に関する紛議または懲戒処分につき、異議の申立てを調査し、裁決する機関である(宗制三二条)。管長の裁可を得て執行される懲戒処分(宗規二五一条)については、被処分者は監正会長に不服申立てをして裁決を得ることができる(同二五五条)。裁決により懲戒処分が取り消されたときは、被処分者は復権できる(同二五六条)。監正会の裁決に対しては何人も干渉することができず(同三三条)、異議申立てをすることもできない(同三四条)。

監正会は、常任監正員五人で組織し、そのうち一人を会長とする(宗規二二条)。監正会は、常任監正員の定数全員の出席がなければ開会することができない(同二九条一項)。監正会は、常任監正員の外に予備監正員二人を置き(同二三条)、常任監正員が事故により出席することができないときは会長は予備の監正員のうちから補充する(同二九条二項)。

(二) 懲戒処分禁止の裁決

(1)  被告らは、昭和五五年九月一七日、監正会長岩瀬正山に対し、本件大会への出席を理由に懲戒処分をしてはならない旨の裁決を求める申立てをなし、これを受けて監正会は、同月二五日、全員一致で、本件大会出席者に対する処分は不当であるから一切これをしてはならない旨の裁決をなした(以下、この裁決を「第一次裁決」という。また、第一次裁決をした監正会を「第一次監正会」という。)。

(2)  第一次監正会は、会長、常任監正員三名及び予備監正員一名の五名(定数全員)が出席して開催された。常任監正員光久諦顕は、岩瀬会長の再三の出席要求にもかかわらず不当な理由により出席を拒否したので、宗規二九条二項の「事故により出席できないとき」に該当するものと認め、同条項の規定に従い、予備監正員小谷光道を補充した。

(3)  第一次裁決は、具体的処分がなされる以前の裁決であるが、監正会は、具体的処分のみではなく宗務の執行に関する紛議についても裁決できる(宗制三二条)ところ、日蓮正宗は、既に、被告らに対し、本件大会開催の中止命令と、開催した場合の懲戒処分予告をしており、被告らに対する処分は必至の状況にあったのであるから、裁決当時宗務の執行に関する紛議が存在していたというべきである。したがって、懲戒処分が未だなされていなくても、右紛議が存在する以上裁決の対象となり得るのであるから、第一次裁決は有効である。

(4)  本件処分は、第一次裁決に違反してなされたものであるから無効である。

(三) 本件処分無効の裁決

(1)  渡辺広済らは、昭和五五年九月二八日、被告はじめ懲戒処分を受けた者を代理して、監正会長岩瀬に対し、本件処分を含む懲戒処分の無効の裁決を求める申立てをなし、監正会は、同月二九日、右申立てを容れ、本件処分は無効である旨の裁決をなした(以下、この裁決を「第二次裁決」という。また、第二次裁決をした監正会を「第二次監正会」という。)。

(2)  第二次監正会においても、常任監正員光久が正当な理由がなく出席しなかったので、第一次監正会の場合と同様、「事故により出席できないとき」に当たると認め、予備監正員小谷を補充し、同人の外会長、常任監正員三名が出席し、第二次裁決をなした。

(3)  よって、本件処分は無効である。

2 参議会による懲戒処分の否決

(一) 参議会の組織、権限

参議会は諮問機関として懲戒に関する事項を審議する権限を有する(宗制二九条、三〇条)。管長が僧侶を懲戒する場合には参議会の諮問を経なければならない(宗規一五条本文但書、同条七号)。参議会は議長一人を含む参議六人で組織し(宗制二九条)、その定足数は五名以上である(宗規九〇条)。参議会の議事は、参議定数の過半数によって決し、可否同数のときは議長が決する(同九一条)。

(二) 参議会決議

参議会は、昭和五五年九月二四日、被告らに対する懲戒処分につき、議長一名、参議五名の出席もとで審議し、議長を含めた三名が処分に賛成し、三名が反対した。宗規九一条の規定によれば、議長は表決から除外すべきであるから、右の場合、賛成二名、反対三名の表決となり、被告らに対する懲戒処分は否決された。

(三) 本件処分は、右参議会決議に反してなされたものであるから無効である。

3 懲戒権の濫用

宗規二四八条二号所定の宗務院命令違反は、同条の他の各号に定められている非行と同程度の重大な非行であることを要し、単なる軽微な形式上の命令違反等は含まないと解すべきである。

本件大会は、創価学会の侵害行為から日蓮正宗を守るために開催されたものであって、教義違反も宗務当局に対する非難攻撃もなく、日蓮正宗の宗内秩序を乱したとか、原告の檀信徒に悪影響を与えたとかいう事実もなかったのであるから、たとえ命令違反の事実があったとしても、それは単なる軽微な形式上のものに過ぎない。

これに対し、本件処分は被告の住職としての地位を剥奪するという極めて重い処分であって、被告に与える損害も甚大であり、命令違反の軽微さと比較して著しく均衡を失するから、懲戒権の濫用に当たり無効というべきである。

4 本件命令の無効

宗教団体の構成員も当然憲法二一条により表現の自由を有しており、これに対する制限は、当該宗教団体が存立する上での必要最小限度に限定されるべきである。ところが、本件大会は、日蓮正宗の存立にかかわるような内容の集会ではなく、逆に創価学会の侵害行為から日蓮正宗を守ろうとする目的で開催されたものである。したがって、これの中止を命じた本件命令は、日蓮正宗の構成員に対する統制権の限度を超えて発せられたものであり、憲法二一条に反し無効であり、また、構成員の権利を制限する規定は、団体内に公示されて構成員に周知されている必要があるのに、日蓮正宗においては、僧侶らが集会を開催し、そこで自己の見解を表明する行為について、いかなる制限規定も設けられていないから、本件命令は無効である。したがって、右命令違反を理由とする本件処分も無効である。

八 再々抗弁に対する認否、原告の主張及び被告の反論

1 再々抗弁1の事実(監正会による裁決)について

(一) 再々抗弁1(一)の事実(監正会の組織、権限)は認める。

(二)(1) 同(二)の事実(第一次裁決)について

① 同(二)の事実のうち(1)は認める。

② 同(2)の事実のうち光久が欠席して小谷が参加したことを認め、その余は争う。宗規二九条の「事故」とは継続的な出席不能事由を指すものであり、一時的な支障は含まず、光久には「事故」はなかった。したがって、小谷は監正会に出席する権限を有しておらず、同人が加わってなされた第一次裁決は無効である。

③ 同(3)は争う。監正会は事後的審査権限しか有していない(宗規二五五条、三五条)。したがって、具体的処分以前になされた第一次裁決は、監正会の権限を超えてなされたものであり、無効である。

④ 同(4)は争う。

(2)  (原告の主張)

第一次裁決には次の無効事由が存在する。

① 監正会長による申立却下

監正会長岩瀬正山は、昭和五五年九月二四日、宗制三七条により、被告らの監正会に対する裁決の申立てを却下した。したがって、その後になされた第一次裁決は、申立てなくしてなされた裁決となり、当然に無効である(宗制三七条 会長は、申立書が本宗の法規に違反しているときは、その理由をつけて直ちに却下する。)。

② 利害関係人の参与

監正会の決議には、申立事件と直接に関係を有する監正員は参与することができない(宗規三一条)のに、第一次裁決については、正信会の中央委員及び正信会議長として本件大会につき中心的役割を果たし、申立事件と直接に関係を有していた常任監正員藤川法融が参与していたから、右裁決は無効である。

③ 手続違反及び審理不尽

第一次裁決については、わずか四時間ほどの間に調査・審理・裁決及びその上申を終了しており、申立書には立証事項の記載も補充もなく、相手方たる管長ないし宗務院に対し副本も渡しておらず、どのような証拠資料が提出され、どのような証拠によって裁決がなされたかも全く示されていない。かかる裁決は宗規三六条の趣旨に反しており、手続違反及び審理不尽として無効である。

(宗規三六条、申立書は、正副二通を作成して、左に掲げる事項を記載する。

一 申立人の住所氏名及び身分 二 要求の事件、及び事由 三 立証

2 申立ての正本には証拠書類を、またその副本には証拠書類の謄本を添付する。)

④ 第一次裁決が無効であることの宗内的確定

監正会が適法に成立しているか否か、その裁決が適法有効なものか否かについては、管長が最終的な判定をする権限を有する(宗規一三条一項、管長の一宗総理権)。日顕は、管長として、昭和五五年九月三〇日の責任役員会の議決を経て、第一次裁決が無効であると確認し、同年一〇月三日付院二一七号の院達をもって宗内に通達した。よって、第一次裁決が無効であることは、日蓮正宗内において確定している。

(三)(1) 再々抗弁1(三)の事実(第二次裁決)について

① 再々抗弁1(三)の事実のうち(1)は認める。

② 同(2)のうち、正当な理由がなかったことを否認し、その余は認める。

③ 同(3)は争う。

(2)  (原告の主張)

第二次裁決には次の無効事由が存在する。

① 第一次裁決の無効

第二次裁決は、第一次裁決の存在のみを理由としてこれに反する本件処分を無効としたものであるが、第一次裁決は前述のとおり無効であるから、これを前提とする第二次裁決も理由がなくなされたものであって無効である。

② 申立権を有しない者の申立て

監正会に対する不服申立権は、懲戒処分を受けた本人のみが有するのに、被告の申立てについては渡辺が被告を代理して行ったものであるから、被告は不服申立てをしていないことになり、したがって、第二次裁決は申立てがないのになされたものであるから無効である。

③ 無資格者の参与

停権以上の懲戒に処せられた監正員はその資格を失うとされている(宗規一四二条一項、一三九条三号)ところ、第二次監正会に出席した監正員五名のうち、岩瀬、藤川及び鈴木譲信の三名は、昭和五五年九月二四日、参議会の諮問と責任役員会の議決を経て、同日、管長により停権以上の懲戒処分に付せられ、同年九月二六日、宣告書を交付されたことにより、同日監正員たる地位を喪失した。したがって、同月二九日に開催された第二次監正会は正規の監正員により構成されていないから、そこでなされた第二次裁決は無効である。

また、第二次裁決の申立書は、岩瀬宛に提出され、同人により受理されているが、岩瀬は、右受理時点(昭和五五年九月二八日)では懲戒処分により既に監正会長の資格を喪失していたのであるから、右申立書を受理する権限がなかった。したがって、第二次裁決は、監正会の裁決を求めるには会長に申し立てなければならないとする宗規三五条に違反し、申立てなくしてなされた裁決というべきであるから、無効である。

さらに、第二次監正会は無資格者である岩瀬が招集したものであるから、招集手続に重大な瑕疵があり、そこでなされた第二次裁決は無効である。

(被告の反論)

原告は、第二次裁決に先立ち、岩瀬ら監正会員を停権以上の懲戒処分に付したから、第二次監正会は正規の監正会員により構成されておらず、第二次裁決は無効であると主張するが、右懲戒処分は、監正会の権能を喪失させ、被告らから日蓮正宗内部における権利救済の手段を剥奪することを目的となされたものであり、懲戒権の濫用に当たるから無効である。

④ 利害関係人の参与

藤川は、第一次裁決の場合と同様に、第二次裁決に関し利害関係を有し第二次監正会に参与することはできなかったのであるから、右監正会は定足数を満たさず不成立となったものであり、そこでなされた第二次裁決は無効である。

⑤ 手続違反及び審理不尽

第二次裁決は、何ら事実調査も審理もなされずして行われたものであり、審理不尽として無効である。

⑥ 第二次監正会が正規の監正会でないことの宗内的確定

日顕は、管長として、一宗総理権に基づき、責任役員会の議決を経た上、第二次監正会が正規の監正会ではないことを確認し、昭和五五年一〇月三日、院二一七号の院達をもってこれを宗内に通達した。よって、第二次監正会が正規の監正会でないことは日蓮正宗内部において確定している。

2 再々抗弁2の事実(参議会による懲戒処分の否決)について

(一) 再々抗弁2(一)の事実(参議会の組織、権限)のうち、宗制宗規上僧侶を懲戒するのに参議会の諮問を経なければならないとされていることは否認し、その余は認める。

(二) 同(二)は否認する。参議会の議長に議決権がないという規定は宗制宗規に存在せず、慣例上も議長が議決権を行使している。また、参議会の定数は六名(宗制二九条一項)、定足数は五名である(宗規九〇条)。そして、議事の表決は参議定数の過半数(四名以上)によって決するとされており(宗規九一条)、右の各規定に照らせば、宗規九一条にいう議長が決裁権を発動すべき「可否同数のとき」とは、議長も議決権を行使した結果三対三になる場合しかあり得ないから、議長に議決権があることは明らかである。したがって、本件の参議会において、議長が議決権を行使したこと及び決裁権を行使したことはいずれも適法であって、この結果、被告らに対する懲戒処分は可決されたというべきである。

(三) 同(三)は争う。仮に懲戒処分を否決する参議会の議決があったとしても、参議会は単なる諮問機関であり、参考意見を述べることができるに過ぎず、処分権者はそれに拘束されない。

3 再々抗弁3(懲戒権の濫用)及び4(本件命令の無効)は争う。

(第二事件)

一  請求原因

1 第一事件の抗弁1ないし3の事実と同じである。

2 被告は、昭和五四年一月七日、原告の住職、代表役員及び責任役員に就任した。

3 原告は、被告が原告の代表役員及び責任役員の地位にあることを争っている。

4 よって、被告は原告との間で、被告が原告の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3は認める。

三  抗弁

1 第一事件の再抗弁1ないし4の事実(住職罷免処分)と同じである。

2 被告は、本件処分により、原告の住職の地位を喪失するとともに、原告の代表役員たる地位及び責任役員たる地位を喪失した。

四  抗弁に対する認否

第一事件の再抗弁に対する認否と同じである。

五  再抗弁

第一事件の再々抗弁と同じである。

六  再抗弁に対する認否

いずれも争う

第三  証拠〈省略〉

理由

第一(第一事件=建物明渡請求事件に対する判断)

一請求原因及び抗弁事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、原告の再抗弁(住職罷免処分)について判断する。

1  再抗弁1の事実(日蓮正宗における懲戒処分の規定)は当事者間に争いがない。

2  同2の事実(懲戒処分権者としての管長)について

(一)  まず、日蓮正宗における懲戒処分権者が管長であり、管長は法主の地位にある者が充てられることは当事者間に争いがない。

(二)  次に、日顕が法主の地位に就任したか否かにつき検討する。

(1) 〈証拠〉よれば、日蓮正宗における法主は、宗派の最高権威者・統率者として、宗内の秩序維持を図る権限と責任を有するとともに、宗祖の仏法の極理をただ一人承継した者として、日蓮正宗における教義を解釈し、教義上の争いないし疑義が生じた場合にはその正否について最終的な裁定を下し、さらに本尊を書写し授与する権能を有する者として特別の尊崇を受けていることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。右事実によると、法主の地位は宗教上の地位であるということができる。

(2)  ところで、裁判所が、かかる宗教上の地位の存否についても判断することができるか否かについてであるが、それが具体的な権利又は法律関係を巡る紛争の当否を判断する前提問題としてであれば、その判断の内容が宗教上の教義の解釈にわたらない限り、裁判所は、審判権を有するものと解するのが相当である(最判昭和五五年一月一一日民集三四巻一号一頁、同昭和五五年四月一〇日判例時報九七三号八五頁参照)。

これを本件についてみると、本件は、被告が日蓮正宗の管長である日顕によって住職罷免処分を受けたことにより、本件建物の占有権原を喪失したとして、原告が被告に対し所有権に基づき本件建物の明渡しを求めるものであるところ、日蓮正宗においては、前記(一)のとおり法主の地位にある者が当然管長に充てられるのであるから、日顕が法主の地位に就任したか否かは住職罷免処分の効力ひいては本訴請求の当否を判断する前提問題となり、したがって、裁判所は、日蓮正宗の教義の解釈にわたらない限り、日顕が日蓮正宗の法主の選任手続に従って法主の地位に就任したか否かについて審理・判断することができるというべきである。

(3) まず、日蓮正宗における法主の選任手続についてであるが、宗規一四条二項が「法主は、必要を認めたときは、能化のうちから次期の法主を選定することができる。但し、緊急やむを得ない場合は、大僧都のうちから選定することができる。」と規定していること、同三項が「法主がやむを得ない事由により次期法主を選定することができないときは、総監、重役及び能化が協議して、第二項に準じて次期法主を選定する。」と規定していることは、当事者間に争いがない。

しかし、原告は、日蓮正宗には、法主の選任に関する不文の準則が存在しており、これによれば、法主の選任手続は当代法主(場合によっては前法主)が血脈相承なる宗教的行為により宗祖の血脈を次期法主に授けること、及び当代法主が退位または遷化することであり、宗規一四条もこれと矛盾しないような解釈をすべきで、すなわち、同条二項にいう「選定」とは、法主が次期法主に血脈相承を授けることを意味し、同条三項は法主がやむを得ない事由により血脈相承を授けることができない場合には、総監、重役及び能化が協議した上前法主が血脈相承を授けることを定めたものであると主張し、これに対し、被告は、宗規一四条の規定する「選定」とは自然人としての前法主による意思表示を中核とする客観的具体的事実行為であって、信仰上の概念である血脈相承ではないと主張するので考えるに、〈証拠〉によれば、以下の事実を認めることができ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前記各証拠に照らしたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

① 宗規二条は「本宗の伝統は、外用は法華経予証の上行菩薩、内証は久遠元初自受用報身である日蓮大聖人が、建長五年に立宗を宣したのを起源とし、弘安二年本門戒壇の本尊を建立して宗体を確立し、二祖日興上人が弘安五年九月及び十月に総別の付嘱状により宗祖の血脈を相承して三祖日目上人、日道上人、日行上人と順次に伝えて現法主に至る。」と定め、同一四条一項は「法主は宗祖以来の唯授一人の血脈を相承し」と定めている。

② 宗規一四条一項と同旨の規定は、日蓮正宗が明治三三年九月本門宗から独立して日蓮宗富士派となって制定した宗制寺法以来おかれており、日蓮正宗の法主は、伝統的に、宗祖の仏法の一切を承継し、教義の解釈、裁定を行うなど宗派を統率する宗教上の最高権威者とされてきた。

③ 日蓮正宗の法主に就任するには、伝統的に、現法主から次期法主となるべき僧侶に対し「血脈相承」と称する行為がなされ、法主の退職または死亡により血脈相承を受けた僧侶が新たに法主に就任するものとされてきており、ここに血脈相承とは、宗祖から歴代の法主を通して承継されてきた宗祖の血脈をただ一人体得している当代の法主がこれを次期法主たるべき者に承継させる宗教的行為であり、法主がただ一人の次期法主としてふさわしいと考える僧侶に対して口頭で行うものとされ、右両名以外の立会いは許されず、その内容及び方法は秘密とされており、また、血脈相承の断絶はあり得ず、この血脈相承の不断が日蓮正宗における教義・信仰上絶対的なものとされている。

④ 日蓮正宗は、明治以降、当時の政府が宗教政策の一環として、宗教団体に対し、宗教規則の制定及び管長を義務づけ、規則はもとより管長の就任についても認可制を採用したことに伴い、明治三三年九月宗制寺法を制定して管長を置き、「管長は宗祖己来の法系を伝承し法主と称す」(一四条)と定めて法主を管長の単なる呼称に過ぎないものとし、さらに、管長就任手続として、管長が次期管長候補者として大学頭を選任し、管長欠員の場合に大学頭が監督官庁の認可を得て管長の職につくものとし(九条、二五条)、管長の死亡等により大学頭が選任されていない場合には、管長候補者を選挙するものとし(二六条)、昭和一六年改正の宗制においても右と同旨の規定が置かれた。

⑤ しかし、これら管長職及びその候補者の選挙規定は、血脈相承を受けられた法主をもって宗内の最高権威者とする日蓮正宗の伝統とは相容れないものであった。そこで、日蓮正宗においては、当時も、管長の就任と法主の承継とを画然と区別し、たとえ管長の就任につき主務管庁の認可がなされても、当然には法主の地位が承継されるものではなく、法主の地位は、血脈相承により承継されるものとされ、右認可の後、法主が管長に対し血脈相承を授けるという方法がとられていた。

⑥ 戦後、宗教関係法令の改廃、制定がなされ、前記管長制が廃止された後も、日蓮正宗においては宗規上管長職及びその候補者の選挙に関する規定が残されていたが、右選挙は実施されることはなく、血脈相承によりその地位を授けられたとされる法主が管長に就任してきた。

昭和四九年八月八日宗規が改正され、従前の管長候補者の選挙制度は廃止されたが、管長の職制はそのまま残り、宗規一三条に「本宗に管長一人を置き、本宗の宗規の定めるところによって、一宗を総理する。2 管長は、法主の職にあるものをもって充てる。」と定められるとともに、法主が次期法主を選定する旨の前記宗規一四条二項の規定が新たに設けられ、現在に至っている。

右事実によれば、日蓮正宗においては伝統的に血脈相承という宗教的行為が法主の選任手続とされ、血脈相承を授けられたとされる者が当代法主の遷化又は退職により次期法主に就任してきたこと、これは宗制寺法上法主を管長の呼称に過ぎないと定めた明治以降においても同様であったこと、宗祖の血脈が絶えることなく当代法主から次期法主へ受け継がれるということが教義・信仰上の絶対的な要請であることが明らかであり、これらに鑑みると、日蓮正宗における法主の選任手続は宗教的行為である血脈相承によりなされるというべきである。してみると、法主の選任について定めた成文の規定である宗規一四条二、三項についても右血脈相承の意義を無視した解釈はできないものというべきであり、宗規一四条二項にいう「選定」は、原告主張のとおり、当代法主が次期法主に血脈相承を授けることを指すものと解すべきであり、血脈相承を授けられた者が当代法主の遷化又は退職により次期法主に就任するものと解するのが相当である。

これに対し、被告は、管長(代表役員)という世俗の地位の前提たる法主の選任手続が信仰上の概念である血脈相承であるとしたならば、裁判所は法主及びその充て職である管長の地位の存否につき判断できないこととなり、代表役員の任免準則を定めるべきことを規定した宗教法人法一二条の趣旨が失われると主張するけれども、法主選任の手続は日蓮正宗が自由に定め得るものであり、右手続に宗教的要素を含むことが許されないとする理由はなく、むしろ、宗教的要素の排除を求めるのは、宗教団体の自治を侵害し、信教の自由を侵すおそれがあるというべきである。宗教法人法一二条も代表役員を一義的に明確に定めるべきことを規定したにとどまり、それ以上に代表役員の地位の前提となる地位の選任手続が宗教的要素の含まれないものであることまで要求するものとは解されないから、被告の主張は失当といわざるを得ない。

(4) 続いて、日顕が日達から血脈相承を授けられて法主に就任したか否かについて考える。

血脈相承は、前述のとおり宗祖から歴代の法主を通して承継されてきた宗祖の血脈を当代法主が次期法主たるべき者に承継させる宗教的行為であり、血脈相承の不断は日蓮正宗における信仰上の絶対的な要請で、その教義の根幹をなすものである。したがって、血脈相承が真実行われたか否かにつき裁判所が直接審理・判断するとすれば日蓮正宗の教義にかかわらざるを得ず、信教の自由を侵すおそれがあるといわざるを得ない。

かかる場合においては、裁判所としては日蓮正宗の教義の解釈に立ち入り審理・判断することを避けるべきであることは勿論のことではあるが、宗教団体における自治と信教の自由を尊重するため、日蓮正宗自身が、血脈相承を授けられ法主に就任したことを肯認しているか否かを審理することによって、日蓮正宗においてこれが肯認されているとすれば、この宗教的判断を尊重し血脈相承が存在したとされていることを前提として裁判するのが相当である。

そこで、日蓮正宗において日顕が日達から血脈相承を授けられて法主に就任したことが肯認されているか否かにつき考えるに、〈証拠〉よれば、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

① 日達は昭和五四年七月二二日遷化し、同日午前一一時一〇分より、日蓮正宗総本山大石寺において、日顕(当時大僧都、総監)、椎名日澄(当時重役)、早瀬日慈(能化)及び藤本栄道(当時庶務部長)が出席して緊急重役会議が開催され、その席上、日顕は日達から昭和五三年四月一五日、血脈相承を授けられた旨発表し、他の三名は、異議を唱えなかった。

続いて、同日午後七時より日蓮正宗のほとんどの僧侶が参加して行われた日達の通夜の席上、椎名日澄は、日顕が日達から血脈相承を受けていたこと及び日顕が法主に就任したことを発表したが、出席者は誰も異議を唱えなかった。また、同日付の院達によって、日達が生存中に日顕に血脈相承を授けた旨の発表がされ、さらに、同月二三日付院達によって、日顕が法主及び管長に就任した旨発表された。

同年八月六日、大石寺において、宗内の僧侶の代表が参加して日顕の御座替式(法主就任儀式)が行われ、引き続いて、宗務機関たる責任役員会(管長の外、総監、重役で構成する。)の構成員である総監、重役をはじめとし、能化全員及び宗会議長等の宗内の主だった僧侶と、信者の代表が参加してお盃の儀(新法主の登座を祝い、新法主との師弟の契りを固める儀式)が行われた。

日顕は、同年八月二一日、法主・管長の就任にあたり、宗内全僧侶及び信者に対し、日顕が日達から血脈相承を受け同年七月二二日管長の職についた旨の訓諭を発した。

さらに、昭和五五年四月六日、大石寺において、全僧侶及び多数の信者の参加のもとに、日顕の法主就任を宗祖日蓮に奉告する儀式である御代替奉告法要が行われた。

② 日顕は、昭和五四年七月二二日以来、本尊の書写をはじめとする法主の職務を行ってきたが、一年以上の間、被告らを含む何人からも異議を唱えられたことはなかった。

③ しかるに、被告ら及びこれに同調する僧侶らが日顕の法主就任に異議を唱えるようになった経緯は次のとおりである。

宗教法人創価学会は、日蓮正宗の教義を信仰する宗教法人であって、その会則上、日蓮正宗を外護するものとされているが、創価学会が急成長を遂げる中で、日蓮正宗との間に対立が生ずるようになった。

そして創価学会の現状に批判的な僧侶は、昭和五二年ころから、創価学会を批判し、日蓮正宗の教義に従った正しい信仰を確立することを標榜するいわゆる正信覚醒運動を行うようになり、被告らも、右運動に加わった。

右僧侶らは、正信覚醒運動の一環として、創価学会を退会した日蓮正宗の信者を集め、昭和五三年八月、昭和五四年一月、同年八月、昭和五五年一月の四回にわたり全国檀徒大会と称する会を開催した。

日達は、昭和五四年五月三日、創価学会第四〇回本部総会において、創価学会と日蓮正宗の対立は一応収束し、今後僧俗和合して広宣流布に進むべき旨指南したが、日顕も、昭和五五年一月開催の第四回全国檀徒大会において、日達の僧俗和合協調路線を強調してこれに従わない者は日蓮正宗の信心のあり方から完全に逸脱する旨指南し、同年七月に開催された全国教師指導会においても右路線を進めるべきことを強調した。

これに対し、正信覚醒運動の活動家である僧侶らは、同年七月四日、「正信会」という同宗の非公認組織を結成し、同年八月二四日、数度にわたる宗務院の中止命令に違反して、日本武道館において本件大会を開催した。このため、日顕は、日蓮正宗の管長として、同年九月二四日、被告を含め右大会に関与した者二〇一名を懲戒処分に付した。右懲戒処分がなされるや被処分者らは、同宗の責任役員会や日顕に対し処分の撤回を要求するほか、処分無効を理由として裁判所に地位保全の仮処分を申請するなどして争った。

一方、創価学会の顧問弁護士であった山崎正友は、雑誌「週刊文春」昭和五五年一一月二〇日号に、日達から日顕への血脈相承には疑問がある旨の手記を発表し、被告らの代表は、同年一二月一三日、日顕に対し、同人の血脈相承は山崎の右手記によれば疑義があるとして、血脈相承の有無を質す旨の質問状を送付した。

被告らは、さらに、昭和五六年一月一一日、僧侶一四一名の連署で、日顕に対し、「貴殿には全く相承がなかったにもかかわらず、あったかの如く詐称して法主並びに管長に就任されたものであり、正当な法主並びに管長と認められない。昭和五五年九月二四日付懲戒処分はいずれも無効である。」旨の通告文を送付し、ここに至り初めて、日顕が血脈相承を受けていないと主張するに至った。

その後、住職罷免の処分を受けた者らは、前記仮処分申請事件において、懲戒処分の無効事由として、日顕は法主・管長でないが故に処分権者でない旨を主張し、さらに、被告らは、静岡地方裁判所に対し、日顕の血脈相承の不存在を理由として代表役員・管長の地位不存在確認請求の訴え(管長事件)を提起するに至った。

④ 日蓮正宗の能化全員は、昭和五七年一月一九日、日顕が日達から血脈相承を受けた、ただ一人の正統な日蓮正宗第六七世法主であることを確認し、これに異を唱える者を異義・異端の大僻見、大謗法の徒であるとの声明を出した。

日蓮正宗の宗会議員全員もまた、同月二二日、右能化の声明と同趣旨の決議をなし、日顕を法主であると拝し、同人に対する血脈相承に異を唱える者を師敵対の邪義・異説を唱える者であるとの声明を出した。

被告ら一部の者を除く全教師僧侶は、同年四月下旬、各布教区ごとに右と同旨の決議をした。

右事実によれば、日顕は、日達が遷化した直後前法主日達から血脈相承を受けたことを明言し、日蓮正宗も日顕を法主として肯認し、宗務機関、僧侶、信者も関与し、日顕の法主就任に必要な宗教上の儀式を行い、日顕も法主としての職務を執行し現在に至っており、ただ、被告らの一派が就任約一年半後に日顕の法主としての地位を否定する挙に出たが、その動機も、宗務院から正信覚醒運動の一環である本件大会の中止を命ぜられ、これに違反して日顕から懲戒処分を受けたことに対抗するためのものであるに過ぎないことが認められる。

してみると、日顕は、昭和五四年七月二二日、日蓮正宗の法主に就任するとともに、管長に就任したと認められるから、日顕は懲戒処分権者であるというべきである。

3  同3(懲戒処分事由)について

(一)  再抗弁3(一)の事実(宗務院の組織、権限)は、宗務院が一般僧侶に対する指揮監督命令権を有することを除き、当事者間に争いがない。

(二)(1)  被告らが、本件大会の開催を決定したこと、これに対し、宗務院が本件命令により本件大会の中止を命じたことは、当事者間に争いがない。

(2) ところで、被告は、再々抗弁4(本件命令の無効)により本件命令が日蓮正宗の有する統制権の限度を越えて被告の表現の自由を侵したものであるから、憲法二一条に違反し、また、構成員の権利を制限する規定は、団体内に公示されて構成員に周知されている必要があるのに、日蓮正宗においては、僧侶らが集会を開催し、そこで自己の見解を表明する行為についていかなる制限規定も設けられていないから、本件命令は無効であると主張する。

そこで、考えるに、団体は、団体自治の一環として、その行う活動につき他の干渉を排して自ら決定し、かつ、これに基づき団体としての活動を行う権能を有していることはいうまでもない。そして、団体としての活動を円滑に遂行するためには、その規律を維持し、団体構成員の一体性を確保することが不可欠であるから、団体は、その構成員に対し、社会的相当性の範囲内で、構成員としての活動につき統制を加えることができ、構成員はこれに従う義務があり、しかも、右統制権は、団体が団体として存続・活動するための本質的な権能というべきであるから、これについての内部規定が存在すると否とを問わず認められるものと解するのが相当である。この理は宗教団体にも等しく当てはまり、宗教団体は、構成員に対しその行うべき宗教活動につき指示・命令をすることができるとともに、構成員の行いあるいは行おうとする宗教活動が団体の教義、信仰、具体的活動方針と相容れないと考える場合には、宗制宗規に明文の規定があると否とを問わず、社会的相当性の範囲内でその活動を変更あるいは停止させることができるというべきであり、これをもって、当該構成員の基本的人権の一つである表現の自由を侵したものということはできない。

これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

① 被告ら正信覚醒運動の中心人物は、日顕が指南した日蓮正宗と創価学会との僧俗和合路線が誤りであり、創価学会が日蓮正宗の信者としてふさわしい体質改善をするまで正信覚醒運動を継続する必要があると考え、この見地から創価学会問題を社会に訴えかけることを目的として、本件大会を開催しようと決意した。

右運動の中心人物の一人である佐々木秀明は、昭和五五年六月下旬、日顕に対し、大石寺で本件大会を開催したい旨申し出たが、許可されなかったため、同年八月二四日、日本武道館でこれを開催することにした。

② 宗務院は、同年七月半ばころ右事実を知り、被告ら主催者から事情を聴取し、同月三一日、大会主催者あてに本件命令の一つである院達(院一四五号)を発し、日顕の前記指南を遵守するよう命ずるとともに、創価学会に対する誹謗中傷が予想される場合には、大会を中止するよう命じた。

続いて、宗務院は、同年八月九日行った第二回の事情聴取により、本件大会が創価学会及びその名誉会長池田大作批判を目的として開催されることを知り、同月一一日、大会主催者あてに本件命令の一つである院達(院一四九号)を発し、本件大会の中止を命ずるとともに、この命令違反に対しては制裁を加える旨通知した。

さらに、宗務院は、同月一九日、大会主催者あてに本件命令の一つである院達(院一五八号)を発し、本件大会が僧俗和合の道を破壊し、宗内鉄序を乱すものであるとして、重ねてその中止を命じ、制裁の警告をした。

また、日顕も、本件大会の主催者に対し、本件大会の中止を説得する書簡を発した。

③ 被告らは、昭和五五年八月二四日午後一時から約三時間にわたり、本件大会を日本武道館において開催し、主催者の発表で僧侶一八七名、檀徒一万三〇〇〇人が参加した。同大会は、二部構成で進められ、第一部はスライドによって正信覚醒運動の歩みをたどり、第二部では、被告が今後の運動方針を発表するとともに、創価学会の改革案を提案して賛同を得た。次いで、檀徒の決意発表、佐々木秀明の現況報告がされた後、創価学会の前教学部長原島嵩の創価学会及び池田大作批判がなされた。最後に、萩原昭謙が池田大作に対し自覚反省と日蓮正宗法華講名誉総講頭の辞退等を求める緊急動議を提出し、大会決議として採択された。大会の模様は、報道関係者に公開され、閉会後、渡辺広済、佐々木秀明、萩原昭謙、丸岡文乗及び被告は、記者会見の席で声明文を発表し、質問に答えるなどして、本件命令を発した宗務院は誤っていると批判した。

右認定事実によれば、本件大会は、被告らが日蓮正宗の僧侶としての立場において、その宗教活動の一環として計画・実行したものであり、日蓮正宗にとってはその宗教的活動方針である僧俗和合協調路線を否定するという重大な行為であることからみると、日蓮正宗が被告らに対し、宗教団体としてその構成員に対する統制権の行使として本件大会の中止を命じたことは社会的にみても相当性の範囲内ということができる。

してみると、被告が主張するように、本件命令が憲法二一条に違反し被告らの表現の自由を侵したものであり、また、本件大会のような集会を制限する規定はないから本件命令は無効であるということはできない。

(3) 宗務院が本件命令を発する権限を有しているかに否かにつき考える。

宗制一五条及び宗規一八条によれば、宗務院は宗務を処理する機関とされ、また、宗規二九五条四号によれば、宗務院は宗務に関しその名をもって院達を発することができる(この点は当事者間に争いがない。)が、本件大会のような僧侶及び檀徒合同の集会について中止命令を発する権限を宗務院が有する旨の明文の規定はない。しかし、成立に争いのない甲第一号証によれば、宗務院には宗務を処理するため、庶務部・教学部・渉外部・海外部、財務部を置くとされ(宗制一五条、宗規四〇ないし四四条)、その所管事項は日蓮正宗の事務全般にわたるものであること、また、庶務部は宗制宗規及び寺院規制に関する事項を(宗規四〇条三号)、教学部は教義及び布教に関する事項を(同四一条一号)それぞれ掌ると規定されていることが認められ、これら認定の事実によると、日蓮正宗の宗教活動に関する事項は、すべて宗務として宗務院の所管に属するものと解することができる。そして、前認定(2)の認定事実によると、本件命令は、日蓮正宗の宗教活動に関する事項として宗務に含まれ、宗務院の所管に属する事項に当たると解することができる。そうすると、宗務院は本件命令を発する権限があったものというべきである。

(4) 次に、被告は、本件命令については責任役員会の議決がなされていないから無効である旨主張するので考える。

宗務院が行う宗務は、責任役員会の議決に基づいて行うものとされていること(宗規一七条、一八条)、本件命令について責任役員会の議決がなかったことは当事者間に争いがないが、責任役員会の議決を経ていない本件命令が当然に無効になると解するのは必ずしも相当でなく、責任役員会の構成員全員が本件命令に賛成しており、仮に、責任役員会が開催されたとしても、その役員会で役員全員一致で本件命令を発することが肯認されることが明らかな場合には、中止命令を無効とすべきではないと解すべきところ、前顕甲第一、第八、第一〇及び第一二号証、弁論の全趣旨並びにこれによって成立が認められる甲第一九九号証によれば、本件命令時における責任役員は、日顕、藤本栄道(当時総監)及び椎名日澄(当時重役)であったこと、本件命令は、日顕の指示により藤本が宗務院を指揮監督して発せられ、椎名もこれを承認していたこと、また、仮に本件命令を議題とする責任役員会を開催しても全員一致で本件命令を発することが肯認されることが認められ、右認定に反する証拠はないから、本件命令は有効であるというべきである。

よって、この点に関する被告の主張は理由がない。

(三)(1)  再抗弁3(三)の事実(命令違反行為)のうち、被告が本件命令に従わず、主催者として本件大会を開催したことは当事者間に争いがない。

(2) 原告は、被告が本件命令に従わなかったことにつき正当な理由はなかったから宗規二四八条二号に定める住職罷免事由(正当な理由なくして宗務院の命令に従わない)に当たると主張するので考える。

前記(二)(2)で認定した事実によれば、被告は、日顕が指南した創価学会との僧俗和合協調路線の推進という日蓮正宗の活動方針が、自己の考えと相容れなかったため本件命令に従わなかったものであり、これに正当な理由があったか否かは、つまるところ日蓮正宗として僧俗和合協調路線をとることが正しいか否かということにかかる。ところで、宗教団体が活動をするに当たり、団体自治の一環として、その活動方針を決定し、構成員に対し統制を加えることができることは既に説示したとおりであるが、その決定した活動方針が正しいか否かを裁判所が判断することは、団体の自律権を侵すおそれがあり、裁判所としては、当該宗教団体の活動方針、これに基づく統制が明らかに合理性を欠く場合は格別、その自治的に決定した活動方針はこれを尊重すべきである。したがって、かかる場合は構成員が団体の活動方針に対する意見の違いからこれに従わないとすれば前記住職罷免事由における正当な理由なく宗務院の命令に従わなかったことに当たる。しかして、本件についてこれをみると、日蓮正宗の僧俗和合協調路線及び本件命令が明らかに合理性を欠くと認めるに足りる証拠はないから、被告が本件命令に従わなかったことに正当な理由はなかったものというべきである

(四)  再抗弁4の事実(処分手続)について

前記認定の3(二)(2)の事実に〈証拠〉を総合すれば、日蓮正宗は総監において事実の審査を遂げたことが認められ(宗規二五一条)、右認定に反する証拠はなく、また、日顕が日蓮正宗の管長として、昭和五五年九月二四日、参議会の答申を経て(宗制三〇条二項)、責任役員会の議決により(宗規一五条七号)、被告を原告の住職罷免の処分に付し、これを裁可し(宗規二五一条)、管長の名をもって宣告書を作成し(宗規二五三条)、同月二五日、これを被告に交付したことは当事者間に争いがない。

(五)  以上の事実によれば、被告は、正当な理由がなく宗務院の命令に従わず、そのため、法主・管長である日顕から宗制宗規所定の手続に従って本件処分に付せられ、原告の住職たる地位を喪失するとともに代表役員たる地位も喪失し、それにより被告が本件建物を占有する権原を喪失したというべきである。

そうすると、原告の再抗弁は理由がある。

三そこで、進んで被告の再々抗弁について検討する。

1  再々抗弁1(監正会による本件処分無効の裁決)について

(一)  再々抗弁1(一)の事実(監正会の組織、権限)は、当事者間に争いがない。

(二)  また、昭和五五年九月二五日、第一次監正会が開催され、本件大会出席者に対する処分は不当であるから一切してはならない旨の第一次裁決がなされたことは当事者間に争いがない。

被告は、監正会は、宗務の執行に関する紛議についても裁決できるところ、第一次裁決当時には日蓮正宗と被告らとの間には右紛議が存在していたから、懲戒処分が未だなされていなくとも監正会は右紛議につき裁決をすることができ、本件処分は第一次裁決に違反してなされたものであり、無効である旨主張するので考えるに、宗制三二条によれば、監正会は宗務の執行に関する紛議又は懲戒処分につき異議の申立てを調査し、裁決する機関とされていること(この点は当事者間に争いがない。)、前顕甲第一号証によれば、宗規上、実際に施行された選挙若しくはそれによる当選または具体的に宣告された懲戒処分に対する申立てに関する規定のみが存在するに過ぎず(宗規三五条一項、一三〇条、二五五条)、その他の申立てに関する規定がなく、また、宗規上監正会の権能として、懲戒処分がされる前に懲戒権者に対し予めそれを禁止する裁決をも行いうる旨の定めの規定も存しないことが認められ、右事実によると、監正会は、既になされた宗務の執行にかかわる具体的紛議又は懲戒処分に対する事後的な審査権能しか有していないものといわざるを得ない。

してみると、第一次裁決は、監正会がその権能がないのに行ったものであるから、無効であり、その余の被告の主張事実について判断するまでもなく、本件命令が第一次裁決に反してなされたから無効であるとする被告の右主張は理由がない。

(三)  次に、被告は、本件処分は第二次裁決によって無効とされた旨主張するので考える

(1) 渡辺らが、昭和五五年九月二八日、被告ら懲戒処分を受けた者を代理して、監正会長岩瀬に対し、本件処分を含む懲戒処分無効の裁決を求める申立てをなしたこと、第二次監正会が、同月二九日、本件処分を無効とする旨の裁決をしたことは当事者間に争いがない。

(2) しかし、〈証拠〉によれば、第二次裁決は、本件処分が第一次裁決に反してなされたことを理由としてこれを無効にしたものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。ところが、(二)で説示したとおり、第一次裁決は第一次監正会が権能がないのになした裁決であるから、無効であり、したがって、無効な第一次裁決に反することを理由とする第二次裁決も無効といわざるを得ない。

(3)① それのみならず、〈証拠〉によれば、停権以上の懲戒処分を受けた監正員はその資格を失うこと(宗規一四二条一項、一三九条)、第二次監正会に出席した五名の監正員のうち、岩瀬、藤川及び鈴木については、本件命令違反を理由に、昭和五五年九月二四日、参議会の答申を経て(宗制三〇条二号)、管長である日顕が責任役員会の議決により(宗規一五条七号)、停権以上の懲戒処分に付し、管長の名をもって宣告書を作成し、(宗規二五三条)、同月二六日、これを右三名に交付したことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、右三名は、同月二六日をもって監正員たる地位を喪失したので、第二次監正会が開催された同月二九日には右三名には監正員としての資格はなく、したがって、同人らが右期日に出席して開催された第二次監正会は定足数を満たしていないこととなり(宗規二九条一項)、被告の再々抗弁1(三)(第二次裁決)に対する八1(三)(2)③(無資格者の参与)による原告の主張は理由があるから、第二次裁決はこの点からも無効であるといわざるをえない。

② なお、被告は、右原告の(無資格者の参与)の主張に対し、右懲戒処分は監正会の権能を喪失させ、被告らから日蓮正宗内部における権利救済の手段を剥奪することを目的としてなされたものであるから、懲戒権の濫用に当たり無効である旨反論するので考えるに、宗教団体は教義の同一性を基礎とし、教義に従った宗教活動を推進することが存立の目的となっているが、前記3(二)(2)で認定した事実によれば、本件命令違反の行為は、僧俗和合協調路線を推進しようとする日蓮正宗にとってその教義、信仰ないし具体的宗教活動を内部から否定されるに等しい重大な行為であり、これに対し停権以上の懲戒処分に付しても、被告らの権利救済の手段の剥奪目的に出たものと判断することはできないし、また、その他に右懲戒処分が被告らの権利救済の手段を剥奪させる目的に出たものであると認めるに足りる証拠はない。

(4) 以上の事実によれば、第二次裁決も無効というべきであるから、被告のその余の主張事実について判断するまでもなく、第二次裁決により本件処分が無効となったとする被告の主張は理由がない。

2  再々抗弁2(参議会による懲戒処分の否決)について

(一)  再々抗弁2(一)(ただし、僧侶の懲戒に参議会の諮問が必要であるとする点を除く。)は当事者間に争いがない。

(二)  被告は、参議会において被告らに対する懲戒処分が否決されたのに、本件処分はこれに反してなされたものであるから無効である旨主張するので考えるに、当事者間に争いがない前記(一)の事実によれば、参議会は懲戒に関する事項を審議する権限を有する諮問機関で、管長が僧侶を懲戒するには参議会への諮問を経なければならないが、あくまで、参議会の権限は諮問機関として右懲戒について内部的に意見を述べるに過ぎないものであり、仮に、被告の主張のように参議会が本件処分を否決したからといって、処分権者がこれに拘束されるものとは解し難いので、被告の右主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないというべきである。

3  再々抗弁3(懲戒権の濫用)について

被告は、宗規二四八条二号所定の宗務院命令違反の行為には、軽微な形式上の命令違反の行為は含まないと解すべきところ、本件大会は日蓮正宗の教義に違反するものでもないし、また、日蓮正宗の宗内秩序を乱したものでもない軽微な形式上の命命令違反があったに過ぎないから、右違反行為を理由として住職の地位を剥奪することは重きに失するものであり、したがって本件処分は懲戒権の濫用であり、無効である旨主張するが、本件命令違反の行為が日蓮正宗にとっては極めて重大なものであったことは既に説示したとおりであり、しかも、被告は主催者として本件大会を開催したものである(この点は当事者間に争いがない。)ことからみると、本件処分が重きに失し懲戒権の濫用に当たるとすることはできないというべきである。

4  以上の事実によれば、被告の再々抗弁はいずれも理由がないものといわざるを得ない。

四以上の各事実によれば、被告は、本件処分により、原告の住職の地位を喪失し、これに伴い、原告の代表役員の地位も喪失し、その結果、本件建物の占有権原を喪失したことが明らかである。したがって、被告は原告に対し原告主張のとおり本件建物を明け渡す義務があるというべきである。

第二(第二事件=地位確認請求事件に対する判断)

一請求原因1ないし4の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、原告の抗弁事実につき判断するに、被告が本件処分により、原告の住職の地位を失い、これに伴い、原告の代表役員たる地位をも喪失したことは、前記第一の二で説示したとおりである。また、〈証拠〉によれば、原告の代表役員である責任役員の任期は、代表役員の任期と同じであることが認められるから、被告は、原告の代表役員たる地位を喪失したことにより、責任役員たる地位も喪失したものというべきである。したがって、原告の抗弁は理由がある。

三次に被告の再抗弁についてであるが、その理由のないことは、前記第一の三で説示したとおりである。

四してみると、被告と原告との間で、被告が原告の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める請求はいずれも理由がない。

第三結び

よって、原告の本件建物の明渡しを求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の代表役員等の地位の確認を求める本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言の申立てについては相当でないと認められるからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山口和男 裁判官坂倉充信 裁判官古部山龍弥)

別紙目録

一 所在  東京都目黒区緑が丘一丁目二五〇五番地

家屋番号  二五〇五番五

種類  居宅

構造  木造瓦葺二階建

床面積

一階 60.76平方メートル

二階 52.26平方メートル

二 所在  同所同番地

家屋番号  二五〇五番一〇

種類  本堂兼庫裡

構造  木造瓦葺二階建

床面積

一階 263.10平方メートル

二階 166.84平方メートル

三 所在  同所同番地一〇

家屋番号  二五〇五番一〇の一

種類  車庫物置居宅

構造  軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積

一階 12.30平方メートル

二階 12.30平方メートル

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